中国国際結婚伝説
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私、柴田由夫は2003年11月12日中国人女性の朱玉停(遼寧省丹東市出身)と中国にて
結婚しました。
2004年3月2日妻が初めて日本の土を踏み現在に至っています。
そして今年2005年11月初旬には子供が産まれる予定です。

そんな私達が結婚するまでの経緯をお話します。

まず業者婚で最も重要な要因の一つである業者選び、私の場合、数ある業者のHPを閲覧しましてHPの充実ぶり、女性会員の写真及びプロフィールの充実ぶり、費用などから検討しメールなどで質問した結果、ある業者に決めました。

そして、2人の女性に絞込み、私の写真数枚とプロフィールを送り申し込んでみました。
すぐに業者からメールで返事が来ましたが、2人とも別の男性より先に申し込みがあったとの事で、他の女性にしてもらえないかという内容でした。こんな事ならもっと早く申し込めば…と、落胆しましたが、思い直して1人の女性(28歳)を選び、再度申し込んでみました。

三日程して、女性の方もお見合いOKという返事を貰い、お見合いの為の訪中が決まりました。
そして約一ヶ月後、2003年10月4日、業者のスタッフと名古屋空港から中国へと飛び立ちました。

2時間半ほどで大連空港に到着し、すぐにタクシーで丹東市へと移動です。
街並みの風景は漢字だらけの看板、自転車、そしてリヤカーでなくフロントカー、はたまた馬車まで道路を闊歩していてまさに中国だなと実感しました。

タクシーに乗ること約4時間、距離で約300kmやっと夕方になって丹東市に到着しました。そしてホテルにチェックイン。お見合を明日に控え、期待と不安が交錯してなかなか寝付けませんでした。

いよいよ、お見合い当日、ホテルの部屋で待つ私の前に現れた、その女性は写真で見た以上に、想像していた以上に綺麗でした。
業者のスタッフと中国人の通訳を交え30分ほど話をしましたが日本語も大変上手で、私としては好感触でした。
お見合いの後、2人で外へ出掛け彼女の案内で北朝鮮との国境の川、(鴨緑江)に行き観光船に乗って北朝鮮から、ほんの数十メートルのところまで近づき肉眼で北朝鮮を見ました。
ちょっとしたデートを楽しんだあとホテルに戻り、双方の婚約の意思確認で、私としては彼女の事を気に入ったので婚約するつもりでした。
ところが、彼女の返事はまさかのNGでした。

その理由は、私が離婚しており、子供もいるので女性の父親が反対しているので彼女的にはOKだけど、婚約出来ないと言われました。
私としては、彼女1人に決めて、彼女の為だけに中国まで来たのですから、この段階になって断られるとは思いもよりませんでした。

なぜなら、普通お見合いは第1希望から数人の女性を選び、もし第1希望の女性と婚約不成立になった場合、すぐに第2希望の女性とお見合いをするパターンと、
数人の女性とお見合いした後、男性が一番気に入った女性を選ぶパターンとがあるのですが、私の場合第2希望の女性がいなかったのもあり、
又、業者からも「1人に決めて訪中すれば、女性側からも喜ばれますし、婚約成立の確立がより高くなりますよ。」と、言われていたので、まさか断られるとは…

それに、前もってプロフィールを送ってあるので、私の離婚や子供の件も周知のはずなのに…
それを理由に断られるのは全く不可解であり、信じられませんでした。この時、私はもしかして悪徳業者に騙されたかも…という思いでした。

(私が最初にお見合いをしたその女性は、その後別の日本人と結婚しましたが、おそらく彼女の資質の問題で在中国日本大使館よりビザが交付されず、結婚後一年以上経った今もまだ、日本に来ていないようです。)

その後、業者は「他の女性を選んでもらえれば一応連絡を取ってみますが、どうされますか」
と、言い私もわざわざ中国まで来たんだからと思い、数人の女性を選び連絡を取ってもらいましたが、急な事なので、なかなか連絡がつかなかったり、或いは女性が遠方ですぐには来れなかったりで、お見合いには至りませんでした。

そんな時、中国側の世話人が「私の友人の娘さんがいるけど、良かったら連絡してみますけど、どうします?」と、言い出しました。
私も、もうこの際と思い承諾しました。そして、しばらく待っていると、その娘さんという女性がやってきました。
その女性は決して美人タイプという訳ではなかったのですが、とても笑顔が明るく可愛らしくて天真爛漫といった印象で好感がもてました。

お見合いの後、2人で外へ出掛け喫茶店に入りました。まだ彼女は日本語も挨拶程度しか出来なくて、筆談を交えて話をしました。
それでも、とても楽しい時を過ごしました。性格も優しくて細かい事にも気がつき、気配りも出来る女性で、私もすっかり彼女を気に入ってしまいました。
ホテルに帰り、業者を通じて彼女の意思を確認してもらったところ、彼女もOKの返事をくれ婚約成立となったのです。この日が私の妻(当時24歳・21歳年下)と初めて出会った日でした。

このような、いきさつで私達は翌11月12日中国で結婚手続きしたのです。今も妻は、あの時の明るい笑顔を絶やさずに仕事に家事にと頑張ってくれています。そして、何よりもこんな私の事を愛してくれています。
おかげで、幸せな家庭を築くことが出来たと思っています。

もし、最初にお見合いした女性と結婚していたらと思うとゾっとします。今の幸せは間違いなくなかったでしょう。

私の場合、本当に結果オーライでした。紆余曲折のあった私の業者婚でしたが、今の妻と巡り会うことが出来たので、そういう意味では、その業者に感謝すべきかな…
しかし、その業者には何の保証もありませんでした。

私の体験した業者婚は、まるで細い綱の上を渡るようなものでした。たまたま運良く綱の上から落下することなく渡りきれただけなのです。

このような経験を踏まえて私、柴田が日中間の国際結婚という架け橋を細い綱から丈夫な石の橋に変えるべく私が立ち上げたのが「中国国際結婚伝説」です。

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