私の中国お見合い、結婚レポート
今回、中国人との結婚を決意し中国人の女性と無事、結婚いたしました。

式は、これからですが、、、一応、結婚証をもらい手続きは

完了いたしました。

しかし、思い出したら、今回の結婚にいたるまだ、精神的に苦労の連続でした。

見合いする前に友達や親、職場の人に相談した結果、ほとんどの方が頭から反対してくるからです。

僕の味方は、誰もいないまま、見合いに突入いたしました。特に親を説得するのが命がけでし

でした。住んでいる所が田舎のため、外国人自身が、あまりいないためです。

しかし、僕の性格的に、どうしても、実際に体で感じて目で見ないことには、おさまりがきかない

ため、反対の声を背中に受けながら見合いに行ったのです。

ちなみに他の方が言う反対の理由は、

1、騙される。

2、反日感情が強い

3、インスリンで殺される

4、愛はまったくなく、金だけの目的

5、言葉の壁が厚い

6、日本に来たら、すぐ逃げられる。つまり、結婚ビザがほしいだけ

以上です。まだまだ、細かいことを言ったらきりが、ありません。


特に一番、精神的に応えたのが、職場の人に、中国人と結婚したら解雇するって言われたの

が、応えました。

結婚するに、あたり職を失うことほど重たく感じることは、ないためです。まさに四面楚歌の状

態です。

そして、毎日のように、騙される騙されると言われつづけられました。僕のことを心配して言って

くれるのかもしれません。

また、母親も、泣いたり叫んだりされながら、僕に反対してきます。

しかし、僕は柴田さんと連絡していて、この人は、人を騙す人じゃない、この人なら、僕のすべ

てを預けて結婚という人生における大事なことを預けても良いと感じました。

それは、それは毎日のように電話したらメールをしたりと柴田さんも大変だったと思います。(笑

周りの人たちが反対すれば、するほど柴田さんへの連絡が増えていきました。

しかし、柴田さんは、誠実な対応で僕の悩みや疑問を一つ一つ答えてくれ、精神的に助かり、

また、明日へ向かって足を踏み出す勇気を僕に与えてくれました。

ここまで来るのに、どれだけ逃げようか、また中止して話をなかったことにしようかと思いました。

今だに、よくメールしていて、奥さんに○○さんは、一番連絡が多いと言われ大笑いしてしまい

ました。しかも他の方と比べて極めて文が長いそうです。僕は他の方の現実をしらないため、

他の人もてっきり柴田さんと連絡を密にしていると思っていました。

しかし、僕が一番と聞いておかしくなったのです。今でも連絡しているのですが、不安でメール

するのじゃなく今度は生活の一部の習慣になってしまったのです。

ある意味、仕事?趣味?みたい感じです。(笑



実際に見合いをするにいたって、見合い相手を見た時に僕の不安は消し飛びました。

写真との違いは、ありましたが、彼女の素朴な笑顔と誠実そうな様子に僕は一目ぼれしてしまいました。

運よく彼女も僕のことを気にいってくれた様子で、丹東の5日間の日々は、まさに彼女で始まり

彼女で終わりました。夢の世界にいた感じです。

もちろん、言葉の壁はありましたが、中国の漢字と日本の漢字が、よく似ていて意味もわかるた

め、それほど苦痛を感じません。

話すとなると大変です。しかし、かわいくて僕のことを良いって言ってくれる女の子といたら、

言葉はいらなくなるものですね。

話をできない代わりに、ずっと彼女の手を握っていました。

一度、離婚を経験し、地獄の釜のふたをあけ、結婚の難しさを体で感じた僕でした。

もう二度と恋愛は、できないと思っていましたが、彼女と過ごした5日間は、僕の若い頃に過ご

した、あの頃に戻ることができました。

この5日だけでも中国に来たかいが、あったと思いました。

そして、この女性となら、もう一度、結婚という人生の課題を勉強しても良いと思ったのです。


疲れたので続きは、また書くことにします。今日は結婚式ですからね。


結婚前夜は、まったくもって一睡もできず、あれこれと考えていました。

そして結婚式が無事、終わり、かねてから計画してあった新婚旅行に行きました。

新婚旅行は、海南島です。東洋のハワイと言われていて内陸部に住む中国人の夢だと聞いて

います。

海南島に行くために大連に戻り初夜を迎えたわけですが、、、、

自分自身も、かなり緊張してしまい。これまた、何もせず、一睡もできません。

理由としては、会って間もないのと、妻の年が、あまりにも若く罪悪感みたいものが生まれてき

たことです。

新婚旅行の海南島に着くとホテル内は、ハワイクラスでしたが、一歩外に出て町にでると、や

はり中国は中国でした。

波は穏やかで気候もハワイみたいな様子でした。物価は、ホテル内は、日本と同じほど

です。5つ星ホテルで、日本の物価と同じなのでかなり安いと感じました。

しかし、妻は、高い高いと連呼しています。かわいく思いましたが、今に日本に来て日本の生

活になれたら、このようなことは言わなくなるなと思いながらいました。

町の物価は大連なみです。ホテル内ですごすなら、最高の場所と言えますが、外に出て、

いろいろ楽しむことを考えたら、中国は中国と思ってくれて幸いです。

ビーチは、専用ビーチがあるので、嫌な物売りは、あまりいません。

常に警備員が目を光らせているためです。

妻は、こんなきれいな所は初めてと目をキラキラさせていました。

そんな姿が、とても愛らしくみえてきます。しかし、、、、、しかし、

そんなことを思っていたのもつかの間の夢でした。

初日からケンカが絶えません。何の問題でケンカしたかというと、ここには、少し書きずらいの

ですが、文化の違い。言葉の壁。食事の問題です。

やはり、異国の人同士の結婚し、お互いが供に生活するのですから、ある程度の心の準備は

していたつもりでしたが、まだ、見合いもいれて数日で、新婚旅行に突入した訳で、、

おそらく、お互いがこの3つの障害に我慢していて、ぶつかりあったのだと思います。

一時は最悪て言葉や顔を見合わせることもなかったくらいです。

正直、やはり若い女は難しいのかなって落ち込んでいました。


しかし、こんな最悪の障害に柴田夫妻は常に力を貸してくれ、遠く離れた海南島まで、

援助してくれました。

文化の違いは、お互いに納得するよう配慮してくれ、言葉の壁は、どんな細かいことでも通訳

してくれました。

お互い縁があって結婚したもの同士なので、障害や壁がなくなれば、どこの新婚でもあるかの

ような仲になりました。

ちなみに食事は、バイキングを多く取り入れ、問題がなくなりました。


本当に柴田夫妻には感謝しています。おそらく、柴田夫妻の援助がなかったら、成田離婚の

危機でした。

しかし、雨ふって地固まるとは、言ったもので、激しいケンカの後は、これまで以上に妻との愛

を感じる結果となりまた。

また、妻は僕によくしてくれ、僕に失われた時間と幸福を与えてくれました。

身の回りの世話もすべてやってくれ、特に僕の下着などを手洗いしてくれた時き感動ものでした。

本当に中国の妻と結婚してよかった、また、この女性を妻にしてよかったと思いました。

新婚旅行は、若き日のあのころにひと時でも戻れたような気がしました。

僕の妻は21歳になったばかりで、ついこの間まで、20歳だったのですが、予想をはるかに超え

る、しっかりもので、かなり驚いたのと、中国人女性の生きる術というのを少し間ですが、生活し

、まざまざと感じました。

おかげで、海南島では、言葉のまったく話せない僕が妻におんぶに抱っこされる結果になりました。

日本にきたら僕が妻の世話をしてあげようと思っています。

まだまだ妻の知らない部分や隠された部分は、あるかと思いますが、暖かい目で妻のことを見

ていこうと思っています。

これから中国の女性と結婚を考える人に少しでも、お役にたてたらと思いここに書きました。

たしかに障害はありますが、中国の女性は良いですよ。

特に30半ばを超えている男性には、きっと失われた時間が戻ってくると思います。


早く妻が日本にくる日を心まちにしています。

妻が来日して、しばらくしたら、また文を書きたいと思います

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